「喉神」という違った視点から自分をとらえなおすことで個性や特性(自分らしさ)を受け入れて望む生き方を創っていく。土出麻美のエッセイブログ

子どものしつけとは愛を伝えることでもあるんだなと思った話

 
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「Yes★喉神サマ⁈」の著者。 小学生と中学生の母親で義母のお世話もしている主婦。 社会福祉士の国家資格を持ち、福祉施設や行政機関で支援員・相談員の経験あり。結婚出産育児をきっかけに自分の心の闇と向き合うことになり、それがきっかけでヒプノセラピーやヒーリングなども学んだ。 県の男女共同参画アドバイザー養成塾を修了。
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子どものしつけ、どうしていますか?

 

実は私は、あまり重要視していませんでした

 

いえ、必要だと思うことは伝えていましたが、それよりももっと大切にしたいことがあったから…。

 

でも、きちんと、自分が「これだけは」と思うことを伝えることって大切なんだなって思うことがあったのです。

 

今回はそんな話。

 

子どもにしつけをすることは愛を伝えることなんだと思ったこと。

いきなりですが、私には子どもが二人います。

 

2018年5月25日の今日現在、小学5年生と3年生です。

 

しつけというのはそんなに厳しくは言っていませんが、「これは」と思うことは言います。

 

食事の時の足を変に組んだりせずに、きちんとしたに下ろしなさいとか、左手は…とか言うようなことです。

 

外から帰ったら手を洗うとか、そういったこともほぼ習慣になっています。

しつけとは習慣を作ることなのかなと思う今日この頃…。

 

これが、食事の時の左手を下にしないとか、口を開けたまま食べないで口を閉じて噛むとかはまだまだできていなくて…。

毎日毎日、注意している感じ。

 

義母との新生活で気がついたこと

今年の4月から、義母との生活が始まりました

同居し始めたんです。

 

それまで一緒に暮らしていなかった人と一緒に暮らすことと言うのは新しい発見がたくさんあります。

 

気を使ったりいろいろと大変なこともあったり、でも、楽になることもあったり…。

 

そんな変化を乗り越えて、ひとつの家族になっていくものなのかなって思っているんです。

結婚とかもきっと、そう。

 

いろいろ乗り越えることで家族になっていく。

 

一緒に暮らし始めて気がついたこと

 

暮らし始めて気がついたことはいくつかあります。

私と似たところもあれば、正反対のところもある義母。

 

人っていろいろおもしろい。

 

そして、あれ?と思ったことが、食事の時。

 

主人には感じたことのない違和感が…。

 

それは以下の点

  • ご飯のは以前の位置を知らないみたい
  • 左手はお茶碗を持つとき以外はテーブルの下に行っている。
  • 食事は口を開けっ放しで食べる

 

主人には感じたことがありません。

  • 配膳も普通。
  • 口を閉じて噛んでいる。
  • テーブルの下に手をやっていない。

 

もちろん義母は主人のお母さんです。

 

でも、知らないみたい…。

 

そこで思い出したことがあって。

 

主人は「おじいちゃんによく注意された」ということをよく言っていたんですよね。

 

つまり、お母さんではなく、一緒に住んでいたおじいちゃんにしつけられたということ。

 

 

このしつけはおじいちゃんが残した愛のかたちだったんじゃないかな?

主人の話と、義母の様子を見て私は思ったんです。

 

孫をきちんとしつけることが、おじいちゃんの愛のかたちだったんじゃないかなって。

 

私が想像してみたストーリーはこんな感じ。

 

おじいちゃんのストーリー

息子が結婚して一緒に暮らし始めた嫁。

悪い子ではない。…でも、行儀がよくなかった。

 

  • 配膳のかたちを知らない。
  • 食事中左手がテーブルの下に行く。
  • 口を開けたまま食事をするので、食事中「くちゃくちゃ」音を立てている…。

 

心を痛めたおじいちゃんは、孫にはきちんと教えたいと思った。

 

そして、記憶に残るぐらい、孫に口うるさく教えた。

というストーリーがあったんじゃないかなと思ったんです。

 

だから、主人はちゃんとできるのかなって。

 

ちなみに、私が思う義母のストーリーはこんな感じ。

義母のストーリー

昔、子どもが多かった時代に生まれた義母は9人兄弟の末っ子だった。

毎日ワイワイにぎやかで、愛されてはいたが、子どもの数が多かったため、細かいしつけをされることはなかった

 

そして、戦後の大きな変化の時代、田舎に住んでいた義母は中学校卒業後、集団就職で田舎から兵庫県という都会に出てきた。

 

中学生から社会人になった義母は大人になってから学んだことも多かったが、食事の細かいことを知ることはなく、ここまで生きてきた。

 

こういう感じだったのかなって思っています。

 

昔は集団就職って言って、学校からみんなで就職をするということがあったんだそう。

進学みたいですね。

 

それで、今の状態になった。

 

もしも主人がおじいちゃんにしつけされてなかったら…

私、思ったんです。

 

人の価値って言うものは、食べ方がどうとか、そういうもので測れるわけではない。

でも、もしも主人がおじいちゃんにしつけされてなかったら…。

 

もしも口を開けたまま「くちゃくちゃ」音を立てて食べていて、左手はテーブルの下で…って言う感じだったら、結婚してなかったんじゃないかなって思った。

 

人間、それだけじゃない。それはもちろんだけど。

 

でも、恋人同士でどこかで食事するとき、きちんとできていなかったら「結婚」って思っただろうか…と、思わずにいられない。

 

だってそのぐらいの頃って若いでしょ?

そのとき、そもそもそこでイヤだなぁって思ったら、お付き合いしてたんだろうか…って。ふと思った。

 

そう考えたときにね、それをきちんとできるようにしておくことって、愛情だなって思わずにはいられないのです。

 

おじいちゃんは、きちんとしているほうが良いと思ったから、孫にはきちんと教えたいと思ったんじゃないだろうかって。

 

それが、残された愛のかたちに思えてならないのです。

 

相手が不快に思わないようなマナーを守れることは意外に大切なことなんじゃないか…そう思って。

 

 

結論。しつけを伝えることは愛を伝えることでもあると思う。

基本的に私は、子どもへの厳しすぎる過剰なしつけはどうかと思っています。

 

でも、一緒に過ごす相手が不快に思わない程度のマナーを身につけさせることは、愛だと思うんです。

 

本人の良さとは別のところで、「イヤだなぁ」と思わせてしまうことはなくせるならなくしてしまった方が良いのかなって。

 

もちろん、人間はそれだけじゃない。

いろんな部分があって、それを認め合いながら、受け入れあって生きていくことが良いと思う。

 

でも、伝えることで残せる愛もあるのかなと、そう感じた出来事でした。

 

それではまた!

土出麻美つちでまみでした!

 

またね!

 

 

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「Yes★喉神サマ⁈」の著者。 小学生と中学生の母親で義母のお世話もしている主婦。 社会福祉士の国家資格を持ち、福祉施設や行政機関で支援員・相談員の経験あり。結婚出産育児をきっかけに自分の心の闇と向き合うことになり、それがきっかけでヒプノセラピーやヒーリングなども学んだ。 県の男女共同参画アドバイザー養成塾を修了。
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