「喉神」という違った視点から自分をとらえなおすことで個性や特性(自分らしさ)を受け入れて望む生き方を創っていく。土出麻美のエッセイブログ

子どもって本当に大人の愛情を求めてるなぁ…と思う話

 
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「Yes★喉神サマ⁈」の著者。 小学生と中学生の母親で義母のお世話もしている主婦。 社会福祉士の国家資格を持ち、福祉施設や行政機関で支援員・相談員の経験あり。結婚出産育児をきっかけに自分の心の闇と向き合うことになり、それがきっかけでヒプノセラピーやヒーリングなども学んだ。 県の男女共同参画アドバイザー養成塾を修了。
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我が家には小学生の子どもが二人います。(2016年12月現在、1年生と3年生の子どもがいます。)もともと子どものお友達が来ることがあったのですが、最近たくさんのお友達が遊びに来るので家の中で小学生がいっぱいになっていることがよくあります。

 

小学生の子どもたちと過ごしていてたびたび感じることが、子どもって大人が好きなんだなぁということです。子どもたちだけで遊んでいるようで、自分のことを見てくれているかなぁってこっちを確認しているし、話を聞いてもらうのも大好きで、聞いているととてもよくお話します。

 

私自身が小学生だったころは大人のことをこんな風に見ていたのか、全く覚えていないのですが、こうやって大人になってから見てみると、本当によく大人のことを見ていて、自分のことを見てくれているかとか、自分の話しを聞いてくれるか、受け入れてくれるか、というのをすごく見ているんだなぁととても感じます。

 

自分が愛されているという確信を求めている

先日、『思い出のマーニー』というスタジオジブリの作品を観たんです。公開されてもうだいぶ経つのですが、まだ見たことがなかったんですよね。あなたはもう見られたでしょうか?

 

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この作品は、4歳という幼少期に両親や祖母を亡くして一人ぼっちになってしまった14歳の少女アンナが、マーニーという不思議な少女に出会って、自分はいろんな人から愛されていて、本当は一人ぼっちなんかじゃない、ということに気がついていくお話ですね。

 

ちょうど劇場でしていたころはあまり興味を持たなかったのですが、観てみると内容が深くてよい映画でした。寂しさを感じているアンナが、自分に自信が持てなくて苦しくなったりしている様子がよく表現されていました。

 

愛されているという確信が自分の自信へとつながっていく

愛されていると感じることができていないアンナが「自分のことを嫌い」と感じて自信が持てなかったように、愛されていると感じることができていないと自分を受け入れることが難しかったりします。自分が価値のある存在だと思うことが難しいからです。

 

自分を受け入れていない状態で自分自身が価値のある存在だと思うことは難しいことです。やはり、自分自身を受け入れることができていて、自分は価値のある存在だ信じることができているという土台の上に自信というものがついてくるのですね。ですので、自分を受け入れることができていないけれど自身があるように見える人というのは「自信のある自分」を演じているということができます。

 

自分が愛されている確信を持つことで自己を受け入れることがしやすくなり、それがその子の自信へとつながっていきます。

 

愛されたいと思っている子どもの心

産まれたばかりの赤ちゃんは、おそらく愛されたいとは思ってません。起きる出来事をただそのまま受け入れているだけです。それで不快だったら泣く。しかし、生まれたての赤ちゃんも愛情を必要とはしています。

 

フリードリヒ2世(ローマ)が生まれたての赤ちゃんを集めて、話しかけず、目も合わせず、ただオムツを替えて、ミルクを与えて…という必要なことだけをするという実験をしたという逸話があります。(赤ちゃんを二つのグループに分けて、一方には話しかけず、一方には話しかけることでの言葉の習得についての実験と言われています。)抱っこもしてもらえず、話しかけてももらえず、目も合わせてもらえず…そうして育った赤ちゃんは、みんな、命を落としてしまったのだそうです。この実験は逸話ですが、言葉の習得に焦点を当てた、そのような実験をしたのではないかと思います。人と人との交流や愛情を感じる機会がないと人は生きていけないのではないか…と私は考えています。

 

愛されたいと思っている子どもは、自分が愛されないのは自分が悪いからだと思ってしまうのですね。もちろんこれは、すべての子どもに当てはまるというわけではなく、その子のもともと持つ性格や、考え方の癖などによっても大きく変わります。

 

周囲から見ればどう考えても深い愛情を受けているように見えても本人がそう感じていなければ愛情を受けていても受けていなくても同じです。本人がどう感じるかがすべてです。

 

自分が愛されているという確信を持てている子の方が心に余裕がありますし、自分の自信につながっていきやすい、ですが、自信がないからと言って必ずしも愛情を感じていないというわけでもなく、その子によってちがいます。

 

愛されているという自信が持てないと

自分が愛されているという自信が持てない状態だと子どもは安心できません。不安で不安で仕方なくなります。それは小さな子だと、時には困った行動としてあらわれることもあるかもしれません。

気を惹くためにわざと怒られるようなことをすることが出てくるかもしれません。イライラしやすくなったり、ほかのお友達に対して暴力的になってしまったり、爪を噛むなどの行動やチック症(ピクピクしたりする)などが見られるかもしれません。

そういうものが見られた場合はリラックスして安心できるようにしてあげると良いと思います。

 

そういった特別な感じはなく、普通にか見えないこともあります。普通に見えても本人は不安を感じていることがあるのです。

愛されない(と感じている)自分を責めたり、このままの自分じゃいけないという自己否定が始まってしまうかもしれません。たとえ、親が本当は愛情を注いでいるつもりだったとしても、そう感じることができないこともあるのです。

怒られる自分は愛されていないと感じる

怒られると愛されていないと感じはじめるきっかけになることがあります。どう感じるかはその子によって違いますが、怒られたことは自分を否定された、と感じるのですね。

大人は愛情をもって注意しているもりでも、「怒られる自分は否定されている」と感じて、自分自身を否定してしまうことがあるのです。

 

いけないことをした時に注意したり、叱ったり、大人だって人ですからイライラして起こってしまったりすることは誰にでもあるのですが、その時にフォローができていなかったり、普段の生活の中で愛情を上手く感じることができなかった場合、自分の存在が否定的なままになってしまうことがあるのです。

 

愛されるために偽りの自分を演じることを始める

自分が愛されていないと感じている子どもは愛されたいと思っていますから、良い子を演じ始めます。そのままの自分や悪い子だと愛されないと思ってしまうのですね。だから、愛される自分でいるために、本当の気持ちを抑えてほかの人に合わせたり、親や周囲の顔色を見て行動をするようになります。

 

良い子でいることや、人に合わせることと言うのは社会でも「それが良い」とされていることでもありますので、そうしていると褒められます。褒められる自分は愛されている、と感じます。良い子でいれば愛されると信じ込むようになるのですね。

 

それは大人にでもよくある、「自分の気持ちがわからない」という状態の始まりということもできます。自分の本当の気持ち、思いを我慢して、周囲に喜ばれるようにするのですね。

 

「人に合わせている自分でいないといけない」と潜在意識に書き込む

人は生まれたばかりの時は顕在意識と潜在意識の区別がありません。成長していく過程で潜在意識と顕在意識は分かれていくのです。子どもが多くのことを吸収するのが早いのはそのためです。(潜在意識と顕在意識を分けるクリティカルファクターは13歳ごろ完成すると言われています。)

 

顕在意識と潜在意識がはっきりと分かれていない子どもは、「自分は良い子でいないと愛されない」「人に合わせないといけない」と言う情報をどんどん潜在意識に書き込んでいきます。それは、簡単に書き換えることができない情報として記憶されていきます。

本当の自分を出すことに不安を感じるようになる

良い子を演じていないと愛されないと思っている子は、本当の自分を抑圧したまま過ごすようになります。本当の自分を出して、怒られてしまったりしたらまた、「自分は愛されない」と強い不安を感じるようになるのですね。だから、演じたままになる。

 

そうすると今度は自分を出すことに対して不安を感じるようになるのですね。だって、本当の自分は愛されないと思っているのですから。せっかく今、愛されているのに、また愛されなくなってしまう…。それは大きな不安へとつながります。

 

自分の気持ちを抑えて人に合わせている状態が安心できる状態に変わっていくのですね。

でも、そうやって得られる安心はほんとの安心ではなく、不安を連れているものになります本当の自分を抑えている状態でないと愛されないからです。

 

実際に子どもたちと触れ合っていて

私自身、子どもたちと触れ合う機会がありますが、ふとしたときに来ている子の弱い部分や不安を感じている部分に気がつくことがあります。

 

子を持つ親であり、大人でもある私(筆者)から見たらどう考えてもきちんと愛情を受けているのだけれど、意外と子どもは「別に自分なんて…」というように捉えているんだなぁと感じることがあります。

 

そんな小さな不安は小さな影となってしまうこともある。でも、そんな影をもったまま大人になっている人も結構たくさんいてたりするんですよね。それでも問題なく普通に大人になる人がほとんどなので、何ともないと言えば何ともないけれど、気になると言えば気になる…そんな感じでしょうか?

 

それがいけないこと、というジャッジをしたいわけではなく、ただ、そんな風になることがあるということ。そんな影をこの人生で乗り越えていくこともその子の生きる道なのかもしれません。

 

そんな、その子が乗り越えていくことのほんの小さな支えにでもなることができたなら、とても幸せなことだなぁと私は思っています。(子どもだけでなく、大人もですが…)

 

自分は愛されているという確信を持たせてあげるには

子どもが「自分は愛されている」という確信を持つために一番簡単なことは言葉で伝えることです。態度であらわすこともできますが、ハッキリ言って態度だけで伝えることは難しいと思います。態度だけで伝えられるのならば、すでに伝わっていますよね。

 

もしかしたらすでに伝わっているかもしれません。それでも、さらに言葉にして「○○ちゃん(くん)のことが大好き」とか、「あなたのことがたからものと思っているよ」とか伝えると良いと思います。「一緒にいると幸せ」とかね。

 

そんなこと言うのは少し照れくさいと感じるかもしれませんが、あなたの言いやすい言い方で伝えてみればいかがでしょう?私はたまに夜寝る前のベッドの中でそんなことを子どもたちに言っています。とっても嬉しそうですよ。

本人のことを信頼して信じてあげること

子どものことを思うあまり、ついつい過剰に心配してしまうかもしれませんが、心配するよりも信頼して、信じてあげる方が子どもにとってはうれしく思えたりします。

 

たとえば、あなたが仕事の場面でも、上司にすごく心配されてるよりも、信頼して任せてくれている方がやる気が出ますよね。それと同じことです。心配されているよりも実力を発揮できるんですよね。

 

そんなこと言っている私も心配性で、ついつい必要以上に心配してしまったりするんですけれどね。でも、意外とうまくやっているものなんですよね。

 

だから、本人が不安そうにしているときに、「大丈夫」と安心させてあげて、その子が自分で進みだせるようにしていきたいですね。

 

本当は親も不安を抱えている

子どもが小学生ぐらいになると、勝手に遊びに行くことが増えていきます。これまでは、自分達、親の目の届く範囲で遊んでいたはずなのに、親の知らないお友達のところに遊びに言ったりするようになるのですよね。

 

知らない間にいろんなところに遊びに行って、何をしているかわからない。これって親も不安になるんですよね。もしかしたらどこかで悪いことをしているんじゃないか…人に迷惑をかけているんじゃないか…と心配になるものです。

 

親の感じている不安には自分が批判される不安も

親が感じる不安の中には、子どもを心配するほかに、「自分が批判されるのではないか」というものもあります。子どもがしたことは保護者の責任になるから、ということもありますが、それだけでなく、自分の評価が下がるんじゃないか…という不安ですね。

 

ほかの人から苦情を言われたりするのもイヤだけど、それだけではなく、自分が批判されることを極端に恐れるのです。それは、子どものころにやはり、「自分は人に合わせていないといけない」「人から褒められていないといけない」という思い込みがあって、そこから離れることへの不安や恐怖感があることもあるでしょう。

 

実際に、子どもが何かをしてしまった時に批判されるのは親自身なのですが、結構大したことないことでもいろいろ言う人は言うし、気にしていない人は気がつきもしないものなんですが。本当は気にしなくても大丈夫かもしれないことでも気をもんでしまう。そうなってしまう時、実は過去に身につけた影が原因になって影響しているかもしれませんね。

 

もしかしたら、そんな「怖い」と感じることをちょうど乗り越えるタイミングが来ているのかもしれませんよ。

 

親が自分を受け入れることで子どもも自分を受け入れるように

親自身が不安を感じていると子どももなかなか安心することができません。子どもは親の鏡ですからね。ですので、大人であるあなたや親が安心していられることは大切です。

 

「自分に影があると感じるなぁ」という方は、ぜひとも影や痛みをもっているご自身と向き合ってみてもらえれば良いなぁと思います。あなたがもしも、「自分に心の影がある」と感じていて、そのせいで子どもとのやり取りにも影響があると思うのであれば、ちょうど、その影と向き合う時期がきているのかもしれませんよ。

 

その影や痛みはどこにあって、どのように感じているのか、静かなゆっくりとした時間をもってリラックスしてご自身と向き合う時間を持ってみてください。そうしてご自身を受け入れることで、あなた自身の生活も変わるし、子どもも変わっていくことでしょう。

 

愛されていると感じさせることは親以外でも可能ではないか

子どもが「自分が愛されている」と愛情を感じていくことに、親の愛は重要ではありますが、必ずしも親でないといけないというわけではないのではないかなぁと感じています。

 

実際、親がいない子もいるわけですし、いたとしても親ではない人に育てられることだってあるでしょう。大切なことは愛情を感じること。

 

親がいて、一緒に暮らしていたとしても、それ以外の人から受ける愛情を感じて成長することもあるだろうし、それはいけないことではなく、そうやって多方面から愛情を向けられることで安心して成長をしていくことができることが子どもにとって望ましいのではないかなぁと思うのです。

 

昔は良かった?地域で子どもを育てていた時代と現在

昔は地域で子どもを育てていたと言います。地域の人たちみんなで見守っていたと。確かに、私の記憶の中にも、幼いころ自転車で転んで泣いていたら、近所の人が抱えて家に連れて行ってくれた記憶があります。(骨にひびが入っていたんですよ。そりゃあ泣くわ!)

 

その時はそれにたいして愛情を感じたかどうかなんて覚えていませんが、そんな風に助けてくれる人がいることは安心につながったのかもしれません。最近は核家族化が進んで、地域の人も「仕事をしている」などと言った理由から「地域みんなで育てる」といった認識は少なくなっているのかもしれません。

 

昔には昔の良いところ、現在には現在の良いところ

昔は地域で育てていた、あの頃は良かった、と言われることがあります。それにはそれの良いところがあったのでしょう。現在は近所に住んでいるのに知らない人もいたりする…と言われていますが、現在には現在の良いところがあるんじゃないかなぁと私は思っています。

 

時代が変われば考え方も変わるので、良かった時代をそのまま当てはめることって難しいですよね。その方があっていたからそうなったのでしょう。今後の見直しを考える時に参考にはできるのかもしれませんが。

 

私が子どものころ、公団の入り口のところについている屋根の部分の所に乗っていて、おじさんに注意されたことがあるんですよね。注意された時に言われた言葉は、「こら!女の子が何をしとるか!!」だったんです。

 

「男やったら良いんか~!!!」って言いたかったです。その時は子どもなりにかなり頭に来ましたね。でも、そういう時代なんですよね。今だったら、注意するならそんな言い方はしませんよね。「危ないからやめなさい」と言うと思います。もしくは、注意せずに通りすぎるだけか、Twitterとかに書かれるとかでしょうか?それとも、「最近の親は子供を見ていない」とか言われるのでしょうか?

 

昔は男の子が危険なことをしていることに対しておおらかで、女の子には厳しかった。「昔は良かった」と言われているけれど、昔は昔で良くないこともあり、今は今で良い点悪い点があると思うんですよ。

 

何が言いたいのかというと、「昔は全体で子どもに愛情を注ぐことができていた」というような今は悪くなったという考え方ではなくて、また違った見方をしていくのが良いのではないかと思うのです。

好きな人がする、適材適所な考え方で

親だからといってみんながみんな子どもが好きなわけではありませんし、苦手な人だっていると思うんですよね。だから、そういうのが好きな人がうまく対応していけるような場があればよいと思っています。だから、我が家には小学生がたくさん来ていますがそのまま受け入れている感じです。(もちろん、児童館ではありませんのである程度の制約はありますが。)

 

苦手な人が頑張ってやろうとしたって疲れるだけです。それなら、何とも思わない人がやれば良い。

 

子どもたちが家に集まってきている中で、「自分でやってみること」について話してみたり、できるようになったことを見つけたら「できるようになったやん!」と伝えてみたり、ただ話を聞いていたり、一緒に遊んだり。そんな中でそのままの自分を受け入れられて、自分って価値のある存在だって感じることができるようならば、そんな素敵なことはない、と思っています。

 

まとめ

子どもが、「自分は愛されている存在」と感じて自分が価値のある人間だと思い、自信を持って生きていけることは素晴らしいことだと思っています。

 

子どもは少しのことで「自分なんて」と自分を責めてしまったりすることはよくあることです。だからこそ、それを乗り越えていけるように愛情を感じることができるようにしてあげることはとても価値のあることだと感じています。

 

親だけの責任のように批判する世の中ではなく、適材適所の考え方で好きな人が自然と触れ合っていく中で子どもが愛情を感じていけるような流れができていったら良いと思っています。

 

あなたも、もしも「苦手だなぁ」と思うならおおらかな気持ちで接して、もしも「好きだ」と思うなら一緒に過ごしてみるなど、あなたの思うかたちで接してみたらいかがでしょうか?

 

土出麻美(つちでまみ)

 

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