自分の個性や特性を受け入れ認めることから私らしい生き方を創っていく。男女ともに輝く社会を。土出麻美のエッセイブログ

私からしあわせになろう。読んだら「なるほど!」が詰まってた。

 
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小学生二人の母親で義母のお世話もしている主婦。 社会福祉士の国家資格を持ち、福祉施設で支援員・相談員の経験あり。結婚出産育児をきっかけに自分の心の闇と向き合うことになり、それがきっかけでヒプノセラピーやヒーリングなども学んだ。 県の男女共同参画アドバイザー養成塾を修了。
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今年の9月に発売された、Yukkyさんのデビューの本、『私からしあわせになろう』をやっと読みました~!!

ので、今日はこの本についての紹介していきたいと思います。

読んでいる途中で何回も思ったことは、「あぁ~、なるほどなぁ。」でした。

なんかね、どこかに偏るわけでなく、スピリチュアルとか、の考え方のちょうど真ん中を行っているような、そんな感じで、Yukkyさんのブログのタイトルにあるように、本当に軽やかな感じの本だなって感じがしました。

小さなトピックがいっぱいあっていろんなことに幅広く書かれているから、本のサブタイトルに書かれている「プチ・ディクショナリー」っていうのも納得だなって感じ。

Yukkyさんてどんな人?

さて、この本の著者のYukkyさんってどんな人か、ご紹介したいと思います。

私、Yukkyさんとは今日までに2度お会いしたことがあって、きっとこれからも会うことがあると思うんです。

そうですね。軽やかな人。ちょっと不思議な人(いや、私が不思議な人なのかも…)。

本にも書かれていますが、38歳で会社を辞めて、今は会社を設立されています。

つまり、社長さんですよね。

私が初めてお会いした時、「下着のプロデュースされてるんですよね?」って私が言ったら、「今は全部辞めたんです。」って言われてたんで、ちょうど辞めてそんなにたっていなかった頃なのかもしれません。

とりあえず、フィギュアスケートがめっちゃ好きで、スケート見に行くために海外とかあちこち飛び回っていらっしゃる人です。

てか、38歳で会社辞めたって、今の私と同じ年齢じゃないか…とか思う…。

いや、それが何かって言ったら別に何もないんですけどね(笑)

昔から書くのが好きだったんだって。

「そこ、考え方違うな」って思うことも、最終的に言いたいことって同じだった。

本に書かれていることを読んでいくと、「それって私と意見違うな」って思う部分あるんです。

でもね、不思議と読み進めてみると、最終的に行きつく言いたいこと…というか、主張したいこと、つまり、伝えたいことって私の考えていることと同じになるんですよね。

それがすごく不思議でね、読んでて面白かった。

入るところは違うけれど、どう通るかは違ってても答えは同じ。

それが、あぁ、そういう見方なんだなっておもしろいのと興味深いので、すごく、不思議な感覚でした。

別の考える道筋を知ったって感じ。

あ!むしろ私が変わっているって可能性はおおいにあるんだけど。

と、いうわけで!!(どういうわけで?)

ここからは私が感じたこととか思い出したことを紹介して行きたいと思います。

思い出した、小さい時のこと…

えっとね、どこだったか…、小さいころ好きやったことを思い出そうって流れがあるんです。

今、好きなことと、昔好きだったこと…

私ね、今と昔違うからなぁって思って最初わからなかったんですね。

それが、お風呂入ってるときに急に思い出したんです。

私、新しい人とかに声かけるの好きだった。

私ね、新しい人に声かけるの好きだったんですよね。

新しいクラスとか、大勢の人はダメなんですが、「引っ越してきた子」とかに声かけるの好きだった。

そう、小学校に上がる前、同じ年の女の子が引っ越ししてきたんですよ。

私、公団の分譲に住んでいて、ちょうど、すぐ上の家に同じ年の女の子が引っ越してきて。

「ピンポ~ン」って言いたいけど、勇気がなくて、ひとりで行けなくて。

私、アクティブなビビりなんですよね。

「行きたい、行きたい…」ってグズグズ行って、母親についてきてもらったんです。

あの時、ほんとめちゃ行きたくて行けなかったから、ついてきてもらって行ったとき、うれしかったな。

そのお友達とは、小学校の6年間と、中学校の3年間の計9年間、毎朝一緒に学校に行きました。

私、いっつも遅かったんです。準備が。

だから、いつも迎えに来てもらってた。

今思えば、9年間も毎朝迎えに来てもらうって、なんて幸せ者なんだろう…って思う。

あの頃は普通だったんですけどね。

前を通るからついでに…、ともいえるけど、いちいち迎えに来てくれるってすごいよね。

転入生とかに声かけるのも好きだったな。

今、興味を持った人に「会いに行こう!!」って思うのも、そのころからそういうの好きだったのかもしれないなって思ったんです。

むかし、年下のお友達に囲まれてたな…

昔…小学校に上がる前のころ、近所の小さい子いっぱい引き連れて遊んでたんです。

てか、遊んでたらたぶん、みんなが集まってきてた。たぶん。

母親が他の子のお母さんから「麻美ちゃんが外で遊んでたら、うちの子もすぐに外に出て行ってくれるから助かるわ~。」って言われたって言ってた。

それって、自慢の娘やん!とか今になって思うけど、その頃はわからなかった。

「あなたは自慢の娘よ。」とか言ってくれたらよかったのになぁ…。まぁ良いけど。

てか、私が小学校に上がる前に一緒に遊びに来た年下の子って、ほんまに小さいよね…って今思うとびっくりする。

小学校にも上がってないような小さい私がもっと小さい子を引き連れて集団で遊んでたんやな…って、親になった今想像したらおそろしい…。

なんかあったらどうするんやろう…?

あの頃の親って、小学校就学前の小さな子どもも、平気で子どもだけで外で遊ばせてたんやなぁ…。

まぁ、それは良いとして、今は「大人数でいるの苦手」って思っているけれど、小さい頃はたくさん引き連れてたことがすごく不思議。

でも、そんなに小さかった頃はきちんと両耳聞こえていて、幼稚園時代に片方聞こえなくなったから、やっぱり耳が悪くなるってことは、それだけ人とのコミュニケーションに影響を与えるものなのかもしれない。

そんな、小さかった頃を思い出しました。

親に愛されていたのか、愛されていなかったのかについて

自分は親に愛されていたのか…という部分に対しての、Yukkyさんの考えに、私も深く共感しました!!

本当そうだと思う!!

って、「愛されてなかった」って記憶が残っているだけで、本当は愛されていたんじゃないかなってことなんですけどね。

私もそう思う。

親になってからわかることかもしれないんですが、やっぱ、親も人間なんですよね。

人間ってみんな不完全なものだと思うんですよ。

だからね、子どものこと愛しててもうまく表現できなかったり、うまく愛せなかったりする。

気持ち的にいっぱいいっぱいでちゃんと受け入れられなかったり、自分が子供のこと愛してるのかわからなかったり、不安になったり…いろいろしているんですよね。

でも、みんな、なんだかんだ言って愛していると思うんですよ。

でも、不完全な人間だから、うまくできない。

それをね、これまた、不完全な人間で、しかも未成熟な子どもが相手なんだから、うまく受け取れないことだって多々あるだろうと。

だから、「私は親に愛されてなかった人間」って思って生きていくんじゃなくって、お互いに不完全な人間だから、そこがうまく行ってなかったんだなって受け止めて、「本当は愛されてた」って認識で生きていったら良いと思う。

「もっと愛されたかった」そんな風に思っている人って本当に多いと思う。

親を「許す」とか「許さない」とかじゃなくて、「うまく愛が受け取れてなかったけど、愛されてた人間」で良いんじゃないかな?

広く、いろんな悩みに答えてくれている本。

小さなトピックでよくある疑問とか悩みに、Yukkyさん自身が答えてくれているような本です。

たとえばね、私がこのブログの記事を書くときに、悩みごとをイメージして記事のタイトルを決めるんですよね。

だから、悩みごとを検索してもらって私の記事を見つけてくれている人が私のブログに来てくれている人のほとんどだと思うんです。

そういう風に、ネットで悩みを検索するように、この本で自分の悩みを探して、読んだらほっとできる…そういう本だなぁっていうイメージでした。

いつでも、Yukkyさんの考えとか声が届く感じかなって思います。

気になった方、ぜひ読んでみてください~。

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小学生二人の母親で義母のお世話もしている主婦。 社会福祉士の国家資格を持ち、福祉施設で支援員・相談員の経験あり。結婚出産育児をきっかけに自分の心の闇と向き合うことになり、それがきっかけでヒプノセラピーやヒーリングなども学んだ。 県の男女共同参画アドバイザー養成塾を修了。
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